黒いコートのオンナノコ 第4章−2
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なつきによれば、あの異世界からの侵入者が現れるのは、晴れた夜に限られるらしい。……要するに、誠は少し勘違いをしていたのだが、なつきも毎日戦っているわけではない。厚い雲が天を覆い、あるいは既に雨が降っているようなときには、家でゆっくりと休んでいるわけだ。
金曜日の夕方頃から一気に空を埋めた雲は、夏休みには珍しく、土曜日には一日中雨を降らせた。
その金曜の夕方も、誠は同じようになつきと待ち合わせていた。しかしなつきは、私服の上にコートを羽織ったまま、準備もせずにたたずんでいた。
曇ってるから、と説明された誠は、夜空を見上げる。星のないどんよりした空。イメージとしてはこういう暗い夜の方がなにやらこの世ならぬ者が出そうなものだが。
塀にもたれて空を見上げるなつきの横で、誠も同じように背中に体重を預ける。無骨なブロック塀のひんやりした感触が背中に伝わる。
……これじゃ単なる無駄足だな。
そう思いつつ、無駄足に終わることを誠は内心では望んでいた。なつきが戦わずに済むのなら、その方が良いに決まっている。
――なつきのことを先に考えている自分にふと気付いて、誠は苦笑した。自分のことは棚上げなのかと。
「誠くん、どうしたの?」
知らぬ間になつきに顔を見られていたことに、その時やっと気付く。
「いや、何でもない」
ちょっと間抜けな顔を晒していたかもしれない。照れくささを隠すように冷静を装って答えると、誠は強引に話題を変えた。
「……ということは、今日はもう来ないんだね」
「うん。無駄足ごめんね」
「それはいいんだけど」
「けど?」
言いかけて言葉に詰まる。何を言おうとしたのか自分自身でも分からなくなって、誠は、なんでもない、とまた同じ言葉を返した。
それっきり静寂。通りからちょっと外れただけで、喧噪が妙に遠く聞こえる。
横をちらっと見ると、なつきは相変わらず空を見上げていた。黒く何も見えない空をいくら見つめたところで、闇でしかないだろうと思うのに。あるいは闇の向こうに何か思いをはせているのか。そして唇の先を、物思いにふけるかのように少し噛んでいる。
今日戦わずに済んだ事への安堵。 そしていつまで続くか分からない戦いへの不安。恐怖。
去来するのはそのようなものだろうか。
空を見上げるまなざしはまっすぐなのに、誠はそれを泣きそうな表情だと思った。
……と、じっと見つめてしまっていた誠の視線に、なつきの瞳が重なる。
えっと。
不思議そうな顔をするなつきに、誠が漏らした言葉はこうだった。
「日曜日、遊びに行かない?」
大きく目を見開いたなつきは、少し曇り空を見上げてから……気恥ずかしそうに斜めに目を逸らしたまま、うん、と頷いた。
そして降り続いた雨がやみ、空はからりと晴れ上がり、夏の太陽の強烈な日差しが帰ってきて――日曜日が、訪れる。
(以降、現在執筆中です)